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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)15528号 判決

原告

安藤美智子

被告

吉田慎一郎

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、一八三万四三〇七円及びうち一六六万四三〇七円に対する昭和五九年九月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは原告に対し、四一三万一三二八円及びうち三八三万一三二八円に対する昭和五九年九月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和五九年九月一七日午前九時頃、自転車に搭乗して東京都練馬区土支田四丁目四一番二一号先の信号機によつて交通整理の行なわれていない交差点(以下「本件交差点」という。)に進入した際、被告吉田慎一郎(以下「被告慎一郎」という。)の運転する普通乗用車(以下「加害車」という。)と衝突し、路上に転倒して右踵骨骨折等の傷害を負つた。

2(一)  被告慎一郎としては、本件交差点において先入の原告搭乗の自転車がこれを横断中であつたから、減速注意して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠つた過失がある。

よつて、被告慎一郎は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告吉田幸一郎(以下「被告幸一郎」という。)は、本件事故当時加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者である。

よつて、被告幸一郎は、自賠法三条に基づき、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

3  原告の被つた損害は、次のとおりである。

(一) 治療費 一二六万一三七六円

原告は、本件事故による負傷のため、昭和五九年九月一七日から同年一二月二五日まで坪田和光病院に入院し、同年一二月二六日から昭和六〇年六月二九日まで同病院に通院(実治療日数一一三日)して治療を受けたが、その間治療費として一二六万一三七六円を支出した。

(二) 入院雑費 一〇万円

原告は、一〇〇日間の入院期間中一日一〇〇〇円を下らない雑費を支出した。

(三) 入院付添費 五万六〇〇〇円

原告は、入院期間中の昭和五九年九月一七日から同月三〇日までの一四日間医師の指示により近親者の付添看護を要し、一日四〇〇〇円を下らない損害を被つた。

(四) 通院交通費 三万一〇二〇円

原告は、退院後も松葉杖を使用してようやく歩行することができる状態にあつたため、昭和五九年一二月二六日から昭和六〇年二月六日までの三三日間はタクシーで通院することを余儀なくされ、その間三万一〇二〇円のタクシー代を支出した。

(五) 休業損害 一一八万二八六二円

原告は、本件事故当時一家の主婦として稼働し、少なくとも一か月一八万三八六六円以上の労働に従事したものであるが、一〇〇日の入院期間中は全く稼働できず、一八六日間の通院期間中は半分程度しか稼働することができなかつたので、その間一一八万二八六二円の休業損害を被つたものというべきである。

(六) 慰藉料 二三五万円

原告の傷害の部位、程度、入・通院の期間のほか、原告には自賠法後遺障害別等級表第一四級一〇号所定の後遺障害が残つていることなど諸般の事情を総合すると、原告に対する慰藉料としては二三五万円が相当である。

(七) 弁護士費用 三〇万円

原告は、本件訴訟代理人に対し、弁護士費用として三〇万円を支払うことを約した。

(八) 損害のてん補 一一四万九九三〇円

原告は、本件損害のてん補として自賠責保険から一一四万九九三〇円の支払を受けた。

4  よつて、原告は、被告らに対し、前記3の(一)ないし(七)の損害合計五二八万一二五八円から同(八)の一一四万九九三〇円を控除した残額四一三万一三二八円及びうち弁護費用三〇万円を控除した三八三万一三二八円に対する本件事故発生の日である昭和五九年九月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、原告が右踵骨骨折等の傷害を負つたことは否認するが、その余は認める。

2  同2の(一)は否認する。同(二)の前段は認めるが、後段は、争う。

3  同3の(八)は認めるが、その余は不知ないし否認する。

三  被告幸一郎の免責の抗弁

1  被告慎一郎は、加害車を運転して本件交差点西方から東方に向け時速約一〇キロメートルで徐行しながら走行し、本件交差点に進入する際、前方左に設置してあるカーブミラーを注視し、本件交差点に交わる道路の右側から進入してくる車両等のないことを確認したうえ本件交差点に進入したものである。

2  他方、原告は、自転車に搭乗し、本件交差点の南北に通じる道路を南方から北方に向つて進行してきたのであるが、原告の進行道路は下り坂となつているうえ、本件交差点手前に一時停止の標識があつたにもかかわらず、一時停止せずかつブレーキもかけないで高速度のまま本件交差点に進入したため、本件事故が発生したものである。

3  右のように、本件事故は、原告の一方的過失によつて発生したもので、被告慎一郎及び被告幸一郎に加害車の運行に関して過失がなく、また、加害車には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつたのであるから、被告幸一郎は、自賠法三条の責任を負うものではない。

四  被告幸一郎の抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。被告慎一郎は、時速約四〇キロメートル程度で本件交差点に進入したものであり、また、本件交差点に進入する際、前方左のカーブミラーで道路の安全を確認しなかつたものである。

2  抗弁2のうち、原告の進行道路が下り坂であり、本件交差点手前に一時停止の標識があつたことは認めるが、その余は否認する。原告は、本件交差点に進入する手前で一時停止し、前方左右に設置されているカーブミラーで道路の安全を確認したうえ、本件交差点に進入したものである。

3  抗弁3は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1は、原告が右踵骨骨折等の傷害を負つたことを除いて、当事者間に争いなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二、三号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により右踵骨骨折、頸部・腰部・右肩関節部・左アキレス腱部挫傷の傷害を負つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  原告の進行道路が下り坂であり、本件交差点手前に一時停止の標識があつたことは当事者間に争いがなく、右事実と成立に争いない甲第八号証の一ないし八、同第九号証、同第一〇号証の一、二、乙第五号証の一ないし四、同第六ないし八号証、同第一〇号証の一、二、証人吉田慎一郎の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、本件事故当日の午前九時頃友人宅に赴くため自転車に搭乗して自宅を出発し、本件交差点で南北に交わる幅員約五メートルの道路を北方に向けて走行してきたが、走行してきた道路はかなり急な下り坂であつたためブレーキをかけながら走行し、本件交差点手前に一時停止の標識があるため一時停止し、進路前方に設置してある左右のカーブミラーを一瞥したところ、本件交差点に進入してくる車両が目にとまらなかつたため、左右道路から本件交差点に進入してくる車両がないものと軽信し、ブレーキを緩めて下り坂となつている本件交差点を一気に走り抜けるべく本件交差点に進入したところ、左方から本件交差点に進入してくる加害車を発見したが、ブレーキをかけて本件交差点内で停止すれば加害車の下敷になつてしまうと思つてそのまま加害車の直前を通過しようとして直進したため、原告搭乗の自転車の後部と加害車の前部が接触し、原告が進路右前方に飛ばされ、付近の畑の中に転倒した。

(二)  他方、被告慎一郎は、本件事故当日の午前八時四五分頃父の被告を地下鉄有楽町線営団成増駅まで送るため加害車に乗車して自宅を出発し、本件交差点で東西に交わる幅員約五メートルの道路を西から東に向け時速約二〇キロメートルで走行してきたが、自己の走行する道路は、右にカーブし、かつ、本件交差点手前約二〇メートルの地点に「止れ交叉点」の立看板があつたにもかかわらず本件交差点手前で停止せず、しかも、左前方に設置してあるカーブミラーを一瞥しただけでそのまま進行し、本件交差点に進入したため、原告搭乗の自転車の後部と加害車の前部が接触した。

右認定に反する被告慎一郎の証言及び原告本人の供述の各一部は、前掲甲第八号証の一ないし八、同第九号証、同第一〇号証の一、二に照らしてたやすく採用し難く、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

2  前記認定の事実関係によれば、加害車の運転者である被告慎一郎に前方注視、減速徐行義務懈怠の過失があるというべきであるから、被告慎一郎は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて原告が破つた損害を賠償すべき責任があるといわざるを得ない。

また、被告幸一郎は、加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがないところ、加害車の運転者である被告慎一郎が加害車の運行に関し注意を怠らなかつたと認めることができないことは前示のとおりであるから、被告幸一郎は、自賠法三条により、加害車の運行供用者として本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任があるといわざるを得ない。

三  進んで、原告の被つた損害について判断する。

1  治療費 一二六万一三七六円

前掲甲第二、三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四ないし六号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により負つた傷害の治療のため、原告主張の期間坪田和光病院に入通院し、その治療費として一二六万一三七六円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  入院雑費 一〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は一〇〇日間の入院期間中一日一〇〇〇円を下らない雑費を支払したものと推認することができる。

3  入院付添費 〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、その入院中近親者に付添いを依頼したことが認められるが、それが医師の指示によるものとは認め難く(甲五号証参照)、これを相当損害と認めることはできない。

4  通院交通費 三万一〇二〇円

原告本人尋問の結果によれば、原告は、歩行困難のため三三日間タクシーで通院しその費用として三万一〇二〇円を支出したことが認められる。

5  休業損害 一〇九万八〇〇〇円

原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時一家の主婦として稼働していたが、一〇〇日の入院期間中は全く家事に従事することができず、かつ、一六六日間の通院期間中は通院と傷害のため十分な家事を行うことができなかつたことが認められるところ、右証拠によつて認められる原告の年齢(昭和八年六月三〇日生)、原告の家族構成(原告と夫及び息子の三名)等に鑑みれば、原告の入院期間中の得べかりし利益は一日あたり六〇〇〇円、通院期間中の得べかりし利益は一日三〇〇〇円とするのが相当であるから、原告の入通院期間中の休業損害は、合計一〇九万八〇〇〇円と認めるのが相当である。

6  慰藉料 二二〇万円

前記認定の原告の受傷内容、治療の経過のほか、成立に争いない甲第一一号証によつて認められる原告の後遺障害の内容、程度(踵骨変形、右第一、二指背屈筋力低下)等を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては二二〇万円をもつて相当する。

7  過失相殺

前記認定の二の事実によれば、原告は、見通しの悪い下り坂の交差点を通過するにあたり進路左前方の安全確認と徐行進行すべき義務を怠つた過失があるものというべきであるから、この過失を斟酌して被告らの賠償すべき損害額を四割減額するのが相当である。

8  弁護士費用 一七万円

原告本人尋問の結果によると、原告は、原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、相当額の着手金と報酬を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経過、認容額その他諸般の事情に照らすと、原告が弁護士費用として請求しうる損害は一七万円とするのが相当である。

9  損害てん補 一一四万九九三〇円

原告は、本件損害のてん補として自賠責保険から一一四万九九三〇円の支払を受けたことは当時者間に争いがない。

四  よつて、原告の本訴請求は、被告らに対し以上の損害合計一八三万四三〇七円(円未満切捨)及びうち弁護士費用一七万円を除く一六六万四三〇七円に対する本件事故発生の日である昭和五九年九月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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